2008年06月04日

月曜の観光地は高齢化社会を先取り

月曜の観光地(旧軽井沢)に行って愕然とした。そこには老人、老人の世界だった。
95%が50代、60代、70代、でたまに20代の二人組が歩いているくらい。
全員が老人の記念写真。

軽井沢1


日本もここまで高齢化してしまったのか。拡大して見て貰えばわかるが全員が50代以上だ。
私が若者だった頃 旧軽銀座は若者であふれていた。その時20代だった人達が50代になって戻ってきたのだろうか?

よく見ると昔からあるような店は オーナーも60代の老人だ。
2030年の新宿、渋谷の月曜の街並みも多分こうなってしまうのだろう。


軽井沢2

ここは巣鴨地蔵通り商店街ではない。

試食に群がる老人群。

軽井沢3


若者が来なくなって昼の12時から全く人のいない教会通りへ抜ける商店街。
チャーチストリートの文字が空しい。


寂れゆく教会通り1



寂れゆく軽井沢1



寂れゆく軽井沢2



それでは 軽井沢にはまったく若い世代がいないのか?

実は軽井沢で唯一 年齢層が若いところがある。
軽井沢駅の南側に広がるアウトレットショッピングモールの軽井沢・プリンスショッピングプラザだ。

軽井沢ショッピングプラザ

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レイクニュータウンの情報を追加します。
ここからは1970年代の今は無き、南軽井沢レイクニュータウンレマン湖の思い出。

赤軍派立てこもり事件で有名なあさま山荘もあったレマン湖の回りには三越のショップがあり レストランとブティックが建ち並び休日は辺りの駐車場はみな一杯になっていた。

1970年代 南軽井沢の観光拠点はこのレイクニュータウンのレマン湖と少し西側の塩沢湖だった。
ところが現在のレマン湖の回りのブティックはたった一件を除き閉店していた。

軽井沢レイクガーデンという 有料バラ園(ローズガーデン)になっていたがお客は全く居なかった。
http://www.karuizawa-lakegarden.jp/menu-1.htm
そういえば観光ガイドにも載っていなくなっていた。

閉鎖になっていたブティック群 2008年6月

2008レマン湖


1970年代、上の写真の反対側、レマン湖側(左)で右は若い女の子が喜びそうなブティックが並んでいた。後ろに見えるのが三越のお城風の建物。

1973年の夏、今はもうない。

1973レマン湖


レマン湖の東岸のレストラン2階よりレマン湖北側のブティックを望む。青い屋根はブルーシャトー?(右上の円錐の屋根とブルーの屋根)1975年。 
今回それらしい残骸があった。

あの頃軽井沢に来るたびにレイクニュータウンのレマン湖を訪れていた。あの当時にはレマン湖の今の惨状を夢想だにしなかった。
時の流れとは、、、絶句

レマン湖東岸のレストラン


レマン湖の地図 星のマークは撮影場所 1枚目は現代 2枚目は1973年夏、3枚目は1975年撮影

あさま山荘は3枚目の撮影場所の南の山の山腹にあった。当時は修復されて山荘の建物はまだあったように思う。

南軽井沢レイクニュータウンレマン湖(文字).jpg







posted by ぐっちー at 02:54| Comment(12) | TrackBack(0) | 地球人のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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