2008年06月29日

梅雨の晴れ間に早朝の散歩

6月の終わりに犬と早朝の散歩に出かけた。
蝶がいることも気づかず何気なく公園の入り口付近を撮影。この時はまだ大量の蝶(色が汚いけれど蛾じゃないよね)がいることに気が付かなかった。

蝶と幹1



そばを犬が通ったとたん大量の蝶が飛び立ちびっくりした。
最初はなぜこんなに蝶が居るのか訳が分からず、当たりを見回すと。


蝶とハチ2



まだ、2匹の蝶とハチが残って食事に夢中だった。


蝶とハチが飛んでいった3


怖い物しらずの犬が近づいたとたん流石にハチも飛び立ちしばらく付近を飛んでいたがその内何処かに行ってしまった。
ハチが居なくなって、また蝶が集まり始めた。
今度は蝶だけなので遠慮がないようだ。


大量の蝶4


どんどん蝶が戻ってきた。羽をたてて止まるのが蝶、羽を広おうだげて止まるのが蛾だよね?
それにしても木の樹皮にとけ込んだ色の蝶だ。

調べたらどうもこれのようだ

おおひかげ  (ジャノメチョウ科)
前翔長40 カヤツリ科のカサスゲなど
6〜8月 日陰に生息する大型の蝶
山で樹液などを吸う

または ひかげちょう または じゃのめちょう あたりだろう
posted by ぐっちー at 00:35| Comment(5) | TrackBack(0) | 散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月22日

副都心線に潜む危険性

図面1


上の路線図では地下鉄ではあまり見られないことがさらっと書かれている。地下鉄では二つの路線が交差するとき普通上下で交差してホームは階段でつながっている
赤丸で囲った小竹向原では二つのホームが平面上にあり4本の線路が同一平面上で交差している。


図面3

前々回の記事のコメント欄に書いたがもう一度再録します。

開業日の14日(土曜日)はかなり混乱していて何回かホームで時間待ちしました。
帰りに成増駅で駅員さんに聞いて確認したところ

 それぞれ複線       つまり複々線       複線
和光市← →小竹向原(登り下りの複線)←→池袋← →新宿・渋谷方面
新桜台← →小竹向原(登り下りの複線)←→池袋← →新木場方面

和光市、新桜台それぞれから2本入ってきて小竹向原で4本になり、渋谷、新木場方面にそれぞれ2本ずつになって出ていく。
つまり線路の本数はつじつまがあっているのだが すべて小竹向原で複雑に交差するので小竹向原で時間待ちが発生する。

これは私が自らチェックしたが、切替ポイントが存在するのは小竹向原の前後だ。

私は降りてはないが千川と要町は駅が違うそうだ。
有楽町線の2駅はB2(地下2階)にあり副都心線の2駅はB3にあるそうだ。

和光市から来た車両が渋谷に向かえばそれは副都心線。
和光市から来た車両が新木場に向かえばそれは有楽町線

江古田から来た車両が渋谷に向かえばそれは副都心線。
江古田から来た車両が新木場に向かえばそれは有楽町線

ポイントの操作はコンピュータがコントロールしているとのことだがプログラムは人間が作った物。開業を急ぐあまりのやっつけ仕事ではないとの保証はない。
有楽町線、副都心線が複雑に交差する小竹向原では追突の可能性が高まるので先頭車両と最後尾の前後2車両は避けたほうがいい。



posted by ぐっちー at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 聞いたばかり・見たばかり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月20日

簡易炉で「常温核融合」か

これが事実ならエネルギー問題解決? このニュース2ちゃんねるの科学ニュースで見つけた。北海道新聞か。大手の新聞の発表はない。見落とさないのが2ちゃんねるの科学ニュースの良いところ。

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簡易炉で「常温核融合」か 北大院・水野氏が確認 国際学会で発表へ(06/12 06:39)北海道新聞
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/environment/98372.html

 北大大学院工学研究科の水野忠彦氏(エネルギー環境システム)は十一日、水素と炭素を簡易な反応容器(炉)で加熱する実験で、通常の化学反応では起こりえない異常な発熱(過剰熱)の確認と、核融合反応を示すガンマ線を検出したことを明らかにした。水野氏は「常温核融合」が確認できたとして、八月に米ワシントンで開かれる国際常温核融合学会で報告する。

 実験はステンレス合金製の炉(内容積八十八cc)の内部に、炭素を含む多環芳香族炭化水素の一種フェナントレンを〇・一グラム投入した上で、高圧水素ガスで満たし密閉して行った。

 ガス中の水素原子などを規則正しく配列させて反応を促進する働きを持つ白金とイオウを触媒に用いた。

 水素を七十気圧まで加圧し、加熱器の設定温度を六六○度とした場合、設定温度に達して加熱を止めた後も炉内の温度は約一時間上昇を続け、最大で六九○度に達した。この過程で過剰熱の出力は六十ワット、発熱量は二百四十キロジュールで、化学反応で得られるエネルギーの少なくとも百倍以上だった。

 水野氏は同様の実験を三十回実施し、すべてで過剰熱を確認。また実験後の炉内で《1》地球上の炭素の約1%を占めるにすぎない炭素同位体「炭素13」が大量に発生《2》実験当初は存在していなかった窒素が発生−し、いずれも化学反応で説明できない現象から、水野氏は「炉内で水素と炭素の常温核融合反応が起きているとしか考えられない」と話す。

 岩手大工学部の山田弘教授(電気エネルギー工学)は「通常の化学反応では起こりえない過剰熱が発生している可能性が極めて高い。注目に値する研究だ」。

 ある大手メーカーの有力研究員も「過去に報告されている常温核融合とは全く異なる実験結果で、興味深い」と話している。
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世界中での追試がまたれる。事実なら世界が変わる。
またガセかもしれないが?

今回のが常温核融合ではなくとも 私自身は常温核融合を信じているのだ。
ニワトリの体内は常温核融合炉だという話があるのを知っていますか?
Ca 摂取カルシウムより多くの卵を産んでいると言う話がある???  ほんとかぁ〜
posted by ぐっちー at 00:44| Comment(1) | TrackBack(0) | ニュース 時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月18日

副都心線 6月14日

成増

副都心線が開業した。6月14日(土曜)に成増から副都心線に乗って渋谷に行って来た。

車両1

副都心線の新型車両。

車両2

乗った車両は新型車両ではなかった

ドアの上

中吊りに本日6月14日とある。


中吊り

確かここは小竹向原でここで有楽町線と分かれる。

電光掲示板

千川の駅と要町の駅は有楽町線の下の地下3Fだそうだ。
池袋も有楽町線の池袋とは離れていて昔の新線池袋のホームだ

ドア上の路線図1

渋谷のホームはカメラを持っている人でいっぱいだった。

渋谷のホーム

副都心線は一番深いホームだ

渋谷のホーム図

posted by ぐっちー at 01:25| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース 時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月04日

月曜の観光地は高齢化社会を先取り

月曜の観光地(旧軽井沢)に行って愕然とした。そこには老人、老人の世界だった。
95%が50代、60代、70代、でたまに20代の二人組が歩いているくらい。
全員が老人の記念写真。

軽井沢1


日本もここまで高齢化してしまったのか。拡大して見て貰えばわかるが全員が50代以上だ。
私が若者だった頃 旧軽銀座は若者であふれていた。その時20代だった人達が50代になって戻ってきたのだろうか?

よく見ると昔からあるような店は オーナーも60代の老人だ。
2030年の新宿、渋谷の月曜の街並みも多分こうなってしまうのだろう。


軽井沢2

ここは巣鴨地蔵通り商店街ではない。

試食に群がる老人群。

軽井沢3


若者が来なくなって昼の12時から全く人のいない教会通りへ抜ける商店街。
チャーチストリートの文字が空しい。


寂れゆく教会通り1



寂れゆく軽井沢1



寂れゆく軽井沢2



それでは 軽井沢にはまったく若い世代がいないのか?

実は軽井沢で唯一 年齢層が若いところがある。
軽井沢駅の南側に広がるアウトレットショッピングモールの軽井沢・プリンスショッピングプラザだ。

軽井沢ショッピングプラザ

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レイクニュータウンの情報を追加します。
ここからは1970年代の今は無き、南軽井沢レイクニュータウンレマン湖の思い出。

赤軍派立てこもり事件で有名なあさま山荘もあったレマン湖の回りには三越のショップがあり レストランとブティックが建ち並び休日は辺りの駐車場はみな一杯になっていた。

1970年代 南軽井沢の観光拠点はこのレイクニュータウンのレマン湖と少し西側の塩沢湖だった。
ところが現在のレマン湖の回りのブティックはたった一件を除き閉店していた。

軽井沢レイクガーデンという 有料バラ園(ローズガーデン)になっていたがお客は全く居なかった。
http://www.karuizawa-lakegarden.jp/menu-1.htm
そういえば観光ガイドにも載っていなくなっていた。

閉鎖になっていたブティック群 2008年6月

2008レマン湖


1970年代、上の写真の反対側、レマン湖側(左)で右は若い女の子が喜びそうなブティックが並んでいた。後ろに見えるのが三越のお城風の建物。

1973年の夏、今はもうない。

1973レマン湖


レマン湖の東岸のレストラン2階よりレマン湖北側のブティックを望む。青い屋根はブルーシャトー?(右上の円錐の屋根とブルーの屋根)1975年。 
今回それらしい残骸があった。

あの頃軽井沢に来るたびにレイクニュータウンのレマン湖を訪れていた。あの当時にはレマン湖の今の惨状を夢想だにしなかった。
時の流れとは、、、絶句

レマン湖東岸のレストラン


レマン湖の地図 星のマークは撮影場所 1枚目は現代 2枚目は1973年夏、3枚目は1975年撮影

あさま山荘は3枚目の撮影場所の南の山の山腹にあった。当時は修復されて山荘の建物はまだあったように思う。

南軽井沢レイクニュータウンレマン湖(文字).jpg





posted by ぐっちー at 02:54| Comment(10) | TrackBack(0) | 地球人のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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