2007年01月20日

物語

 【物語】       
         
しょうた   ―1974年1月20日発表―



 東キャナル市に住むB級職員ロウンは,太古の昔,シャクジイと呼ばれていた土地に建てられている,メモリアルセンターへやってきた。街路はすべてが,ベルトウエイであり,彼のハイシリコン加工の重い体を運ぶのには,都合が良かった。ロウンがメモリアルセンターを訪れるのは,これでもう三度目なのだが,中央管理局の任務以外で来たのは,初めてであった。久しぶりのベルトドライブによる微振動は,いつもかすかな不快感を彼に与えるのだが,それが気にならない程,彼は期待に胸をふくらませていた。

 彼らロボット族にとって,前時代の支配者人類は,興味深い研究材料であるし,その文明は,B級職員としての頭脳を持つロウンにも,かなり高度のものであった事は,理解できた。ロボット族社会とかなり似ている社会機構を維持し続けて来た,巨大な連邦や国家と言うような都市集団がなぜ突然,滅亡の道をたどったのかは,謎であり,ロボット族全体の課題でもあった。

 ロウンの胸のB級マークを確認したセンター専属のEクラス案内ロボットは,めまぐるしく動き回り,すぐにロウンの希望した,人類文化資料館と名付けられている,28ブロックへ案内した。Eクラスロボットは,通常のロボット型体をしてはいないが,堅牢なことでは群を抜いていた。おそらく永久に,このメモリアルセンターを守り,案内を続けてゆくのだろう。

 文化資料保存には,ほとんど,コンピューター記憶回路に直接プリントされてしまうものなのだが,彼らの理解の範囲を超えるものは当然除かれている。高度技術,高度管理社会を持つロボット文化でもってしても,滅亡種族の文化形体を完全に理解することは,難しいことであったのだ。
 ロウンは,過去の生物の精神活動に関する構造を解明しようとして,二度ほど,ドクターの世話になっている。ロウンの中枢回路がショートしたり,加熱したりしたのだ。A級職員の頭脳でさえ判明しかねる問題を,ロウンが理解できる訳はないのだが,ロウンはやめようとはしなかった。ロウンの趣味のようなものとなったのかも知れない。

 とにかく,パンチカード化さえもされていない原形のままの文献を手に取った。過去にロウンは二度,命令で資料整理をした時,目についたそれは,表紙部分に『木の実』と記入されている小さな詩集であった。ロウンは,ゆっくりとその単純な,意識表現記号を解読していった。かすかな期待と,その難解さの不安が入り混じった不思議な感情がロウンを包んだ。その詩集には,こんな詩が書かれていた。


 
『時のはなし』

幼い少女に初めて会ったのは何年前のことだったのだろう
彼女と海で泳いだ時から,何年が過ぎたのだろう
彼女の瞳の美しさに気付いてから,何年たったのだろうか
彼女とゲームをしながら笑いころげたのは,何カ月前のことだったのだろう
彼女の華奢な体を抱きキスをかわした時から,幾月が過ぎたのだろう
彼女に花を贈った時から,何十日が過ぎたのだろう
彼女と喧嘩をして後悔したのは,何週間前のことだったのだろう
彼女と星を捜した時から,何週間が過ぎたのだろう
彼女の瞳の中に未来を見つけた時から,幾日が過ぎたのだろう
彼女と結ばれた夜から,幾たび朝日を見ただろうか
キラキラと光る夢を見てから,何時間たったのだろうか
幸福という言葉を意識してから,何分が過ぎたのだろうか
いやきっと何秒もたってはいないのかも知れない
秒単位の未来の始まり,その未来はどこまで続くのだろうか……



SYOTA-1.jpg



 ロウンにはこれらの文章が,有機生命体の本能に関する事だとは理解できたが,細部になると頭が混乱した。意味不明部分も多いのだが,やはりB級思考回路の限界であろう。頭痛の中でロウンはなぜか満足していた。

 管理センターに戻ったロウンは,今は消え去って久しい,人類に会ってみたいと思った。自己補修作用を体内に持ち,無限活動が可能なロウンにとって,時の流れはそれ程意味を持たないのだ。数秒前の記憶と数百年前の記憶が等しく頭脳に留まっている彼にとって,時は流れさるものではなく,止まっているものなのかも知れなかった。彼が意識を持ってから約三百年の流れは,何でもないことなのだ。ふとロウンは,遠い過去の人間達を想像したが,すぐまた,与えられた管理局の事に,キラキラ光る感光眼を移した。84世紀,ここは海に浮かぶ,東キャナルシティ管理センター。
                              
(おしまい)



posted by 陰丸 at 20:08| Comment(3) | TrackBack(0) | 地球人のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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